2015年1月10日土曜日

正しい主張

※ 青山繁晴氏の正しい主張


 (19分30秒あたりから)

 日本の中にしこたまある「どんなに腐った組織にも必ず良心派と呼べる人々がいる」らしい。
 それはそうかもしれませんね。
 その割合について青山氏に教えてもらいたいところだが、明示していないということは、青山氏も述べている通りよっぽど少ないということだ。合理的に推測すれば、多分、200分の1以下だろう。ゼロよりはましというところか。

※ 水島総氏の正しい主張(私の解釈を多分に含む)




 無責任で威勢のいい保守的な人が「安倍首相は靖国神社に最低でも年に2回は参拝しろ。嘘と捏造以外何もない支那と半島の奴らによって主張されている南京大虐殺と従軍慰安婦は歴史上存在せず、日本が支那と半島に対し謝罪する必要は全くなく、また、謝罪することは決して許されないという趣旨の『安倍談話』を発表しろ。」と安倍首相に要求してもそうはなりそうにない現実を見せられ、逆に安倍首相を攻撃している。

 このような自称『保守』の連中は何も解っていないそうだ。
 日本は実質的には未だアメリカの従属国である。防衛装備品の核となる部分はアメリカの技術に依存しており、いざとなればアメリカによって無力化される。さらに、アメリカという外国の軍隊を国内に70年に渡り駐留させ続けているのは他の誰でもない、日本人なのだ。日本の歴史2675年の中で、外国の軍隊の駐留をおめおめと許しているのはこの70年だけだ。また、普通の独立国であれば当然、拉致被害者を取り戻すために軍隊の特殊部隊を半島に潜入させ、とっくの昔に拉致被害者は帰還しているかもしれないのだ。

 あれも、これも、どれも、それも『日本国憲法』という、GHQにいた高々22歳のねえちゃん(ベアテ・シロタ・ゴードンというユダヤ人)が一夜漬けして書き上げた程度の、便所の落書き以下の代物のせいで、ありのままの真実に基づいた日本及び日本人の「正しい主張」は悉く退けられてきたのである。
 私は自分の家族が拉致されていたらと仮定すれば、全ての元凶は『日本国憲法』であるとの結論にものの3秒で到達する。ふつう、そうだろう。
 しかし、『日本国憲法』を改正する必要はない、と考える日本人は全体の半数以上いるはずだから(未だ改正されていないのだから)、その日本人の半数以上(日本人の心をもっていない人々:地球人?)と拉致被害者を交換してもらいたい位だ。

 話がかなりそれてしまいましたが、支那・半島が可愛いく思えてくるほどの諸悪の根源であるアメリカに対して日本の首相として史上初めて対峙している安倍首相には私には全く理解出来ない程のアメリカによる掟破りのとんでもない圧力がかかっているらしいのです。何の武器も持つ事を許されていない安倍首相はそんな孤立無援のほとんど勝ち目のない戦いを少しずつ好転させようとしているらしいのです。日本人なら応援するべきなんでしょうが、そんなんじゃ誇りある日本を取り戻すのに何百年もかかるでしょう。日本人全体を目覚めさせ、安倍首相とともに戦う気概とアメリカに対する敵愾心を正々堂々と全世界に宣言するための妙案を考えなければなりません。
 では、アメリカの圧力は具体的にはどのような態様で現れるのか。有識者はなかなか明示的には教えてくれません。ここでも合理的に推測するしかありません。

・前述の軍事力の無力化という恫喝
・原発の再稼働を阻止して馬鹿高い原油の押し売り
・アメリカのいちゃもんによるこれまで同様日本敗北確定済の日米経済戦争の再燃
 (「帝国循環」とか「新帝国循環」と呼ばれているらしい。)
・アメリカ支那共同作戦による支那公船の尖閣諸島沖合の領海侵犯及び尖閣諸島上陸
どれも、最終的には安倍政権の崩壊という結果を生じさせる方向に働く。

 極めつけは、1月5日のアメリカ国務省サキ報道官の発言である。「真実に基づいた『安倍談話』は決して許さない。捏造された歴史を今後も尊重しろ。」という強烈な内政干渉である。アメリカ本土に‥‥‥位の怒りを禁じ得ない。(思った通りの事を書けばCIAにテロリストとして拉致されるかもしれない位の怒り)私の怒りは別にしても、日本とアメリカは100年以内にお互いに戦争をちらつかせての決定的な対立状態に入るべきだと思う。日本人とアメリカ人は共有できる価値観はほとんどないという事実を素直に認めるべきだ。同じ人類とはとても思えない。心ある日本人は30年~100年後の対米戦を選択肢の一つとして準備するべきだ。とっておきの選択肢があるということは交渉では俄然有利になるのだ。いつの世も富国強兵あるのみ。これが戦争を避ける唯一の道なのだから。大東亜戦争に敗北したのは富国強兵しきれなかったためだ。

 この偽善に満ちた言葉を聞くだけで気分が悪くなる
 「No More Hiroshima, No More Nagasaki.」

 英語の教科書の最初に出てくるべき文章は、
 「This Is a Pen.」ではなく
 「Remember Hiroshima and Nagasaki.」であるべきだ。

 私がGHQによるウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの犠牲者であることを告白することになりますが、お口直しにこれをどうぞ。

 

 最後に、もう一度繰り返す。
 日本が日本たり得るには日本人が目覚める以外に方法はないのである。

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2015年1月4日日曜日

不快指数無限大

 有史以来今日まで人間が殺し合い血みどろの戦いを繰り広げてきたことは当然であると容赦なく納得させてくれる不快指数無限大の有名人は数多く存在するが、その中でも取り分け悪質なひょっとこ野郎が頭から離れない。私は長渕剛について良い印象を持っている訳ではないが、こいつのことを考えるとずっと長渕剛の熱烈なファンであったかのような錯覚に陥る。

 このひょっとこ野郎のような半島系は過去にも多く我々日本人の前に現れ、そのえげつなさを遺憾なく見せつけてきた。例えば、無防備な標的を見つけてはすぐに訴えるのである。奴らにとって応訴という負荷を相手に与えることはこの上ない喜びだから金に糸目をつけず訴訟費用を捻出してくるのだ。正しい応対は「相手にしない」である。私もひょっとこ野郎についてのコメントはこれを以て終了とする。

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2015年1月1日木曜日

ひ弱な徒花「日本」

 朝、起きるまでの間、夢見心地でつらつらと物思いに耽ってみました。

 1970年(昭和45年)11月25日、三島由紀夫は憲法改正のため自衛隊の決起を呼びかけ、直後、割腹自殺をした。なぜ、このような凶行に及んだのか。あの首のない臓物が飛び出した自身の遺体を他人に晒すことに何の意味があるというのか。そこまでの覚悟があれば遙かに効果的な別の選択肢があったのではないだろうか。
 1932年(昭和7年)、井上日召は「一人一殺」「一殺多生」を説き、血盟団事件を起こした。井上など比ぶべくもないカリスマである三島はその生を全うしてこそ本懐を遂げられたはずである。三島であれば井上のように収監されることもなかったろう。身代わりならいくらでも用意できるからである。

 1972年(昭和47年)、三島にとって一世一代の大舞台となる「日中国交正常化」が一部の狂信者によって推し進められようとしていた。これにより日本はその歩みを100年止めることになるとてつもない危機に直面していたのである。三島は当然これを全力で阻止する。三島の意を受けた「部隊」が日本・支那の双方で要人の暗殺を実行し、「日中国交正常化」は海の藻屑と消え去るのである。その後も三島は21世紀初頭まで影響力を持ち続け、政治家の質を向上させることに大いに貢献したのである。なぜなら、下手な事を言えば命を取られるとなれば、真面目に国家のことを議論せざるを得ないからだ。そして、NHKの「シルクロード」も朝日新聞による「慰安婦捏造報道」も存在しない。そんなことを強行しようものなら、NHK会長も朝日新聞社長も何人いても間に合わなくなる。

 1960年(昭和35年)10月12日、浅沼稲次郎が日比谷公会堂で17歳の右翼少年に刺殺されて以来、我が国において政治家の暗殺は起きていないが(民主党衆議院議員 石井紘基の件、長崎市長 伊藤一長の件については興味がないので無視する)、緊張感なく我が身を肥やすことのみに夢中になり国家のことなど眼中にない有象無象が蔓延る国会、国民に奉仕する気などさらさらなく、天下り先探しにご執心の官僚、日本の常識が通用せず、特亜の防火壁に成り下がった法曹三者等の姿を見せつけられれば、少々の緊張感に溢れ、正直者が馬鹿を見ない、真っ当な社会の到来を強く希望する。

 1970年(昭和45年)当時、45歳の三島の思考を辿ることは出来ないが、血盟団事件をどのように捉えていたのか。そんなことより何より、三島は余りにも「死」に捕らわれ過ぎていたように思える。

 「日本には反日的言論の自由は無限にある。日本のことをいくらでも悪く言うことができるし、嘘、捏造でわが国を貶めても国会が紛糾することはない、マスコミも騒がない。一方、親日的言論の自由は極めて制限されている。『日本の国はいい国だった』と言っただけで、国会は紛糾しマスコミは大騒ぎである。」という田母神俊雄氏の発言により、「始末すべき相手はひとりやふたりではないな。とても間に合わないな。」という結論に至り、私の妄想は終わりに近づく。しかし、これだけは言える。日本人は、上から押さえつける、決して抗えない圧倒的な力、しかも正義に裏打ちされた力で導かれないと正しい道を歩むことは出来ない。(三島の「暗殺部隊」、「天皇崇拝」はこの力のひとつの例になると思う。)個人に任せていても決してひとつに纏まることは出来ない性分なのだ。

 幸か不幸か、ヤクザの力を遙かに凌ぐ三島率いる「暗殺部隊」は現在の日本には存在しない。今後も存在しないだろう。今のままでは、数百年後、「嘗て、20世紀から21世紀初頭にかけて長い伝統と優れた国民性により繁栄した日本という国があった。」と語られる日が来ないとも限らない。

 日本はひ弱な徒花で終わるのだろうか。

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2014年12月30日火曜日

ジョン・レノンの日本

 ジョン・レノンが半世紀遅く生まれ今の時代を生きていたならと想像すると結構楽しくなります。やはり、偉大なミュージシャンになっていたのでしょうか。少なくとも「ピース」だの「ヌートピア」だの訳の分からないことは宣わなかったのではないでしょうか。つまり、ジョン・レノンほどの天才も時代の流れの中のおおきなうねりに部分的には影響されたと思うのです。その上不運なことに、彼は40年の生涯しか経験出来なかったのです。

 他方、一般の日本人は当然、時代の流れ・流行に諸に影響を受けます。その流行の多くが半島・支那の意を受けた日本のマスメディアによって、意図的に作り出されてきたものでした。こうして日本の伝統・文化は特亜的魑魅魍魎に侵蝕され、日本人の心は惑わされ続けてきたのです。このような半島・支那にコントロールされる日本のマスメディアという構図は恐らく、サンフランシスコ講和条約が発効し形式的独立を回復した直後、GHQの不在というエアポケットを埋めるかたちでいともたやすく出来上がったのでしょう。
 ところが、時代が4:3から16:9に変わり始め、16:9に確定した2011年以降、インターネットコンテンツの充実と共にマスメディアによる情報統制が利かなくなり、多くの日本人の怒りに火がつきメラメラと増殖しているのです。

 ただし、日本人の半島とそこに棲息する者たちに対する拒絶反応そのものは「時代の流れ」などとは断じて関係ない。「DNAに刻まれている」まさしく日本人に特徴的なアイデンティティーのひとつだ。つまり、半島が嫌いでない者は日本人ではないのだ。さっさと日本からご退場願うしかない。1億2千800万が1億になったところで良いではないか。遙かに素晴らしい日本が出現するに違いない‥‥。こんなSF的なことを云っていても仕方が無いのだが、一歩一歩努力して、残りの2千800万に日本に生まれてきたことを死ぬほど後悔させてやる方策を考えるべきだ。

① 他国の影響を極力受けない強固な経済体制の構築
② 強力な自己完結的軍備の確立
③ 売国メディアの親玉NHKの解体

 これらが実現すれば奴ら白目を剥いて泡を吹きだす事だろう。そして、ジョン・レノンが愛した古き良き日本が復活できるのだ。

 何とか10年以内に実現させたいものだ。

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2014年12月28日日曜日

日本人やめますか

 1937年(昭和12年)7月29日に支那の通州において、通州事件が起きた。支那人部隊による日本人への襲撃が行われ、日本人居留民および日本軍部隊・特務機関が襲われて、日本人らが大量虐殺された。日本軍は壊滅し、日本人居留民385名のうち223名が虐殺され、殺害方法も猟奇的だった。女性は強姦惨殺され、お決まりの、局部に木片を突き刺すことは決して忘れなかった。

 13世紀、元寇即ち高麗による襲撃により対馬・壱岐の住人は虐殺された。幼い頃、「奴らは、両耳に縄を通し頭を貫通させて人間数珠状態にして引き摺り回した。」と教わった。今調べても、そのような記述は見当たらない。代わりに、「掌に穴を開け縄を通し人間数珠状態にして船に吊した。」という記述は見つかる。何れにしろ虐殺されたことに変わりは無い。
 そして現代、対馬では、業者及び行政一丸となって、厳原港まつり対馬アリラン祭が催され、朝鮮通信使として練り歩くために来島する半島人及び1年を通して来島する半島人観光客を歓迎しているらしい。(今年は神風によって、朝鮮通信使練り歩きは阻止された。)また、平成20年7月23日には、対馬市役所前で南鮮の退役軍人が、「竹島は韓国領土 対馬も韓国領土」と書かれた横断幕を掲げデモを行うことを易々と許し、生きたまま帰国させた。沖縄同様、対馬の人々に問うてみたい。「日本人やめますか、それとも、日本人のままでいたいですか」と。
 因みに、対馬を含む選挙区選出の衆議院議員は谷川弥一である。こいつは長崎県議会の諫早湾干拓の利得行為に係わる百条委員会の呼出しにも応じない不逞の輩であり、目立った業績は何ひとつなく、定期的詳細な活動報告は勿論ない。そして、国民に対し支那・半島からの脅威を周知させる言動は皆無である。

 なぜ、被害者は日本人ばかりで、半島人・支那人が被害者になることは極端に少ないのだろう。なぜ「逆グリコ森永事件」即ち「ロッテ事件」は起きないのだろう。せいぜい不買運動をするのが関の山だ。なぜ日本人はこうもルールを守ることに拘るのか。

 日本は日本人にとって息苦しく生きにくい社会となり、半島人・支那人の楽園と成りつつある。これを是正するためには入国管理、税務、生活保護、文部等様々な分野で法律を改正し、適正な行政が執行されなければならない。

 まさしく、戦争。戦いだ、これは。

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2014年12月24日水曜日

狂い咲き五十路女

 昨日、天皇陛下の誕生日、天長節の日に、御親切にもわざわざ朝刊の記事とするために、朝日新聞第三者委員会のどうでもいい報告が一昨日なされた。詳細は他に譲るが、各委員の主張内容の売国ポイントで他の追随を許さない高得点を叩き出したと思われるのが林香里女史である。

林香里【はやしかおり】
情報学者、東大教授。
 
著書 
  • マスメディアの周縁、ジャーナリズムの核心 2002年6月 新曜社
  • 「冬ソナ」にハマった私たち 純愛、涙、マスコミ…そして韓国  2005年12月 文春新書
  • 〈オンナ・コドモ〉のジャーナリズム ケアの倫理とともに     2011年1月 岩波書店



 この胡散臭い経歴といい、著作といい、日本人離れした容姿といい、在日の可能性大である。

 そして、この林香里と宿命的な繋がりがあるのではないかと疑いたくなるような同い年の元お嬢様がいます。

 元お嬢様の経歴です。

 
 惚れ惚れとするほど見事なまでに努力の欠片も見られない経歴である。ハーバード大学卒業の折には、あの悪名高い大蔵省のヤメ官である榊原英資(当時は現役の官僚)に卒論を書かせていた。1991年当時、この「お嬢様外務省職員」はあろう事か、入省して間のないペーペーのくせに、外務省の駐車場を使用してカローラIIでマイカー通勤を敢行していたのである。



 竹田恒泰氏がどんなに病気なんだと強弁しようとも、この方は飽くまで我が儘なお嬢様そのものである。このことは日本国の存立に係わる極めて重要なことだが、すでに天皇陛下と秋篠宮殿下が最良の解決策をご用意して下さっているはずである。

 やはり、西尾幹二氏を再評価すべきである。

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2014年12月16日火曜日

許せない人々

 衆議院議員選挙が終わり、まず思ったことは、「許せない」だった。

 第一に、小渕優子が早々と当選を決めたことだ。彼女は立候補するべきではなかったし、そもそも政治家には向いていないのだから、TBS社員でもやっていればよかったのだ。今後、日本国に対し他者をもって替え難い貢献をするとはとても考えられない。日韓議連の売国婆6人衆として幅を利かせるだけだ。“田中角栄的なもの” 即ち 『支那の傀儡』 は日本から一掃するべきである。その意味で、彼女本人を許せないのだが、それと同様に、傷ものとなった彼女をいけしゃあしゃあと当選させてしまう群馬県民もまた許すことができない。小渕優子と群馬県民に対し、ここに書くことを憚られる程の最大限のありとあらゆる罵詈雑言を浴びせかけたくなるのである。
 「世の中、こんなものだ。ナイーブな奴め。」と考える人もいるだろうが、「許せない」と感じ、怒ることは意義のあることだと思う。「許される者」と「許されざる者」をはっきりと峻別することは良質で普遍的な道義心を醸成することに資するからである。
 軽はずみな小渕優子は自らの無知無能によって薄汚いスキャンダルを招いたが、これとは全く正反対の地位を確立しているのが我等が林芳正議員である。高い見識と思慮深さにより、スキャンダルとは一応無縁の存在である。この点においては、小渕優子と群馬県民は林芳正議員と山口県民を見習うべきである。


 第二に、4選挙区とも自民党候補者を落選させた沖縄県民。
 こいつらは日本国の敵である、と改めて認識させられた。こいつらを説得する必要はもうない。被害者ヅラしてゴネまくる基地外どもをもはや許すことはできない。遠慮することはないのだ。こちらの都合のいいように利用することを考えるべきだ。
 昭和47年の祖国復帰以後、本土から声のでかい左翼活動家が沖縄入りし、元々の沖縄の真っ当な人々の声をかき消しているとも云われているが、「警察すらまともに機能しなくなるまで何をしていたのか。お前らはどこまでお人好しなんだ。今となっては、レジスタンスでも結成して自助努力しやがれ。」と言いたくなってしまう。

 その他については次の機会に。


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